自社企画

第3章8話 薩摩の教え

株式会社コ・ラボの企業サイトブログ「自社企画」へようこそ。オリジナルブランド「NICELY」で販売するMilkomedaシリーズの誕生までを私の記憶を頼りに綴っております。社会人になった頃からお話を始めて、ストーリーの中では下請けの立場に苦しんでいますね。この先はどうなるのでしょうか?


私は、父から会社を継ぎました。社長に就任したのです。
現場仕事はもちろん、経理も営業も、すべて自分で覚え、こなすようになりました。
ようやく、会社の全体像が見えるようになってきた頃、
私が置かれている“立場”も、はっきりと理解できるようになりました。

下請け

それは、けっしてポジティブな言葉ではありません。

職人としての誇りよりも、
「仕事を与えてやっている」という態度で接される日々。
マウントポジションを気持ちよく取って頂くため、先回りして振る舞う術ばかりが磨かれていく。

誰もが何かに敗れている 
ならば勝たせてあげるという役割が下請けの運命であり宿命なのでしょう。

そんな歪んだ構図の中で、燃え尽きていく技術者たちを、何人も見てきました。

それでも、私の中の炎は、まだ消えていませんでした。

「いずれ人の役に立つ」
その言葉の意味を、ずっと探してきました。

そしてようやく気づいたのです。
自社製品をつくることこそが、私たち自身の存在を示す道ではないか。

下請けとしての功績ではなく、
自分たちの名で、生み出し、届ける。
それこそが、自分たち自身への証明になるのだと。

けれど、社内の反応は冷たかった。

「やったことがない」
「失敗したらどうする」
「やめておこう」

新しい挑戦に向かう言葉ではなく、
誰かが挑もうとする時の“引き留め”ばかりが並んでいた。

そんな時、私の脳裏に浮かんだのが──
薩摩の教え、とりわけ**「男の順序」**という言葉でした。

1、何かに挑戦し、成功した者
2、何かに挑戦し、失敗した者
3、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手伝いをした者
4、何もしなかった者
5、何もせず、批判だけしている者
6、何もせずに批判するだけではなく、足を引っ張る者

私は、挑戦して成功する者には、まだなれていないかもしれない。
でも、せめて、「挑戦した者」でありたい。
その意志だけは、絶対に捨てたくない。

この教えを、
どうか、義務教育に取り入れてほしい。
そんなふうに思ってしまうほど、今の世の中には
挑戦する勇気を正しく評価する土壌が欠けている。

失敗しても、進んだ先にしか、新しい価値は生まれない。
私たちは、それを自分たちの手で証明したい。

この業界にも、まだ“光”を灯せると信じています。

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