下着の歴史編

外伝2.アパレルCAD

株式会社コ・ラボの企業サイトブログ「下着の歴史編」にようこそ。本ブログでは日本の婦人下着の歴史について学んでいます。

型紙設計の現場ではCAD(キャド)と呼ばれるシステムが使用されています。CADは、コンピュータ支援設計(Computer-aided design)という言葉の略で、その昔、紙の図面に向かって手作業で行われていた設計業務は文字通りコンピュータ操作へと変わりました。CADの登場によって、製図にかかる時間が短縮され、1/10mmの精度で描く正確性を持ち、紙ではなくデータで保管できる利便性を発揮し、設計環境は大きく変化しました。またCADは用途に合わせてあらゆる設計業務向けに開発されており、現在では3D技術を活用した特殊な仕様も存在しています。多種多様なCADが開発されつつも下着専用のシステムは存在せず、独自開発のモノを除いて、下着の設計に関してはアパレル用のCADを利用するのが一般的です。今回は下着自体の歴史から少し外れるため外伝として、アパレルCADの世界を覗いてみましょう。


CADの原型となる2次元製図システムは、昭和35年(1960年)頃、アメリカで膨大な量の図面を扱う航空機の設計のために発明された。そこから機械用、建築用などそれぞれの設計に特化した仕様のシステムへ派生し、アパレル向けにCADが開発されるようになったのは、10年程経過した昭和45年(1970年)頃になる。

本ブログ下着の歴史になぞらえるならば、若い世代によって巻き起こったノーブラムーブメントや、ベージュカラーの誕生、下着業界の成長率の鈍化が起こっていた裏でアパレル向けのCADシステムが誕生していた事になる。

以下、アパレルCADの開発を行った代表的な企業を紹介する。順序についてはCADシステムを開発・販売した順とする。

 

エイプロス株式会社(日本)

  • 昭和46年(1971年)旭化成工業株式会社によってCADシステムの開発を開始
  • 昭和50年(1975年)アパレルCADシステム「AGMS」の販売を開始
  • 平成13年(2001年)旭化成㈱から分社独立、旭化成AGMS㈱を発足
  • 平成23年(2011年)社名をAGMS㈱に変更
  • 平成25年(2013年)自動裁断機CAM事業を開始
  • 平成29年(2017年)YIN JAPAN㈱と合併
  • 令和1年(2019年)YIN JAPAN㈱と分離、社名をエイプロス㈱に変更

日本国内はもちろんのこと、中国で縫製工場が多い沿岸部での事務所を積極的に開設し、同国でのシェアも高い。他社のCADシステムで作成されるファイルは「.dxf拡張子」であるが、エイプロス社の販売するAGMS CADは「.sty拡張子」という独自のファイル形式を採用している(.dxfファイルを書き出すことも可能)。現在は3D機能の充実を図りyoutubeチャンネルも存在する(https://www.youtube.com/channel/UCuOn0_6L5DJPZtgEqK5stIQ/featured)

東レACS株式会社(日本)

  • 昭和45年(1970年)同社の基となる東レ㈱CGC推進室を設置
  • 昭和50年(1975年)東レ㈱CGC推進室から東レ㈱ACS室へ部署名変更
  • 昭和51年(1976年)ミニコンピュータ版アパレルCADシステムの販売を開始
  • 昭和63年(1988年)DOS版アパレルCADシステムの販売を開始
  • 平成4年(1992年)EWS版アパレルCADシステムの販売を開始
  • 平成10年(1998年)Windows版アパレルCADシステムの販売を開始
  • 平成12年(2000年)東レACS株式会社を分社設立

基本ソフトに加え3Dバーチャルフィッティングソフトや、仕様書作成ソフトを備える。企業向けはもちろん、個人向けにクラウドサービスなども充実。社名ACSは(Advance Computer Solution)の略。

レクトラ(フランス)

  • 昭和48年(1973年)設計業を支援するシステム開発を行う企業として創業
  • 昭和51年(1976年)CADシステム開発を開始する
  • 昭和60年(1985年)自動裁断機(CAM)を開発、日本法人レクトラ・ジャパン株式会社設立
  • 平成8年(1996年)同社の現行アパレルCADシステムを完成させる
  • 平成30年(2018年)インダストリー4.0(第4次産業革命)に準拠した「レクトラ裁断プラットフォーム」をリリース

車用、家具用、アパレル用のCADを開発する企業。アパレルCADでは2次元の型紙を立体にした場合、3次元の立体とのギャップがどのように表れるかをシミュレーションできる機能の開発を進めていた。令和3年には米、ガーバー社を買収、アパレルCADを扱う企業としては世界最大となった。

ガーバーテクノロジー(アメリカ)

  • 昭和42年(1967年)H.ジョセフ・ガーバーによってガーバーカッター(自動布裁断機)が発表される
  • 昭和43年(1968年)同氏によってガーバーガーメントテクノロジー社が設立される
  • 昭和55年(1980年)航空機製造会社からCADシステムを買収、このシステムをアパレルCADの基礎とした
  • 昭和63年(1988年)パターンメイク(マスタサイズ)、グレーディング(サイズ展開)、マーキング(要尺算出)を一組にしたアパレルCADの完成

CADと並行して、その対になる自動裁断機(CAM)を開発した企業。生地を裁断する際に発生する「たわみ」を感知してナイフの角度を自動で調節する機能を搭載するなど、自動化技術の先端を走った。令和3年(2021年)仏.レクトラ社が同社を買収。

株式会社島精機製作所(日本)

  • 昭和37年(1962年)株式会社島精機製作所を設立 当初は手袋編機の自動化を行う企業であった
  • 昭和39年(1964年)全自動手袋編機の開発に成功
  • 昭和53年(1978年)コンピュータ制御横編機“SNC”を開発
  • 昭和54年(1979年)NASA(アメリカ航空宇宙局)が使用していたグラフィックボードを買い取りコンピュータグラフィック(CG技術)の研究をスタート
  • 昭和63年(1988年)アパレルCADを開発
  • 平成3年(1991年)生地自動裁断機(CAM)を開発

生地を作り出すための編み機を改良させ、裁断・縫製を介さずに衣類の完成品を作り出すことの出来る「ホールガーメント」という自動編機メーカーとして有名。その名は世界中のアパレルで認められており、同社自動編機で作られた製品はプラダ、グッチ、ユニクロ、ZARAでも扱われる。編機製造とは少し異なったイメージがあるCADシステムの開発にも積極的で、型紙を縫い合わせた場合のグラフィック処理などにも長ける。また裁断機の精度も非常に高く、航空機の緩衝材裁断にも導入事例がある。

株式会社ユカアンドアルファ(日本)

平成10年(1998年)ソフトウェア開発を行う「アンドアルファ社」とパターンサービスを行うユカパターンシステム社の共同出資によって設立 アパレルCADの開発販売を行う。

アパレルCADを扱う企業としては、最も新しい企業。日本国内において東京・大阪で開催される「ミシンショー」の展示ブースでは多くのユーザー候補を集めている。

 

現在では設計現場の大半にCADが導入されているが、販売が開始された頃の価格は1億円を超える高額なものであり、設計のシステム化を望む全ての設計者の手に届けられる程の価格ではなかった。またシステム自体の大きさも、かなり大掛かりなもので、家庭で使われる500Lクラスの冷蔵庫4~6個分のスペースを占拠する事になった。しかし、大企業では過去の品番も含めた型紙のストックはそれ以上のスペースを埋めており、データに変換して保管する事で、型紙の破損や紛失のリスクもカバー出来たため、導入する価値は大いにあった。またwindows95が発表されコンピュータに革命が起きる平成7年(1995年)以前にCADの開発・販売が進んでいたというのも興味深い。インターネットの一般化もされていない時代なので、完成した型紙のデータは、その場で実寸大の型紙を特殊なプリンタで出力し、縫製現場へは郵送で送るため、設計作業に付随する作業、時間、費用はついて回り、これらを解決するにはCADとは別である通信環境の発展を待つ事になる。現在の様にメールの添付ファイルで型紙データを海外工場へ送付し、その日の内に作業に取り掛かれる事など誰にも想像できなかった時代もあるのだ。CADの登場から40年を経て、型紙設計という仕事は職人や匠の世界から、その敷居を下げ一般化されたといえる。おそらくCADに触れたことが無い方々でも1週間程レクチャーを受ければ、CADの操作は問題なく理解できるはずだ。これから先も、より便利な機能を付け加え誰でも気軽に操作できるように進化していくだろう。将来的には、人による設計業務を必要とせず、完全自動のシステムによって型紙が自動で出力できる日が来るかも知れない。例えば画面上には、品目と仕様、その他情報を入力するだけ、もしくは、写真やイメージ画像を取り込むだけで型紙が完成するという優れたシステムが私達の仕事を奪い取っていく。そんな未来も現実のものとなりそうな程システムは驚くべき速さで進歩している。数年後、本ブログで「完全自動のCAD完成」という内容を投稿しているかも知れない。今はただ、その日が来ない事を祈っているが…

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