下着の歴史編

2章4話. 市場の色

株式会社コ・ラボの企業サイトブログ「下着の歴史編」にようこそ。本ブログでは日本の婦人下着の歴史について学んでいます。

前回は、下着業界にまつわる神話について触れました。下着業界が他の業種と比べても成長期待度の高い分野であり、経済の動向に影響されず誇らしい成績を挙げ続ける様子は眩しく不思議に見えたという事です。ビジネスにおいて魅力あふれる業界は自然と次なる参入者を呼び寄せる事になりますが、下着特有の難しさが新しく参入しようとする企業の前に立ちはだかりました。今回はそんな状況の中、新規参入に成功し、その後トップグループの仲間入りを果たした企業のお話です。それでは見ていきましょう。


これまでの要点を復習すると、伸縮性を持つポリウレタン繊維の登場によって下着は大幅に進化した。そこで国内で豊富な資本力を持つ繊維関係の企業は海外企業との提携を図り、新しく会社を設立する事で資本的にも技術的にも盤石の態勢を取る。下着の進化は主にファンデーションに起こり、アパレルやランジェリーを扱う企業もファンデーションへ乗り出している。そもそも海外の企業との提携の狙いは第2の皮膚へと進化したファンデーションを扱う事にあった。その結果、下着業界には神話が囁かれる程好調な業界になっている。海外企業との提携を勝ち取った企業達の主戦場は高級下着として売り出せる百貨店であった。

昭和40年(1965年)レースを含む繊維や雑貨などの輸入や販売の専門分野で地位を確立していた京都の野村株式会社が、新たにファンデーション事業への参入を計画し、ルシアンF.G株式会社を子会社として設立した。下着とレースの関係性は非常に深く10年程前からランジェリーの取り扱いを開始しており、下着の世界での経験も積んでいた。社内の意見は、ランジェリーを扱っている以上は、ファンデーションにも進出すべきという積極派と、既に海外と提携した企業に出遅れ、専門的な知識を持ち合わせていないという慎重派に分かれた。目立った提携は行わずとも資金的な問題はクリアされていたが、技術面では見通しが立たなかった。一般にはランジェリーとファンデーションは下着として同じものという認識が強いが、実際の中身は大きく異なる。この当時ではその差は一層大きく気軽に跨げるほど、その敷居は低くなかった。そのためファンデーションを理解する優秀な人材を求め、ワコールに勤めた経験を持つ西田氏を抜擢する事になる。ワコールで研鑽を積み営業から製造までを熟知していた西田氏は豊かな経験と冷静な判断で新しい会社を牽引してゆく。ファンデーションを作るための材料集めから、型紙の設計、縫製の手順などを伝授し「野村株式会社の強みであるレースの付いたオリジナルの下着を作るべき」「他社と同じものを売っても勝てない」と自ら新製品の開発に携わり、ブラジャーのカップをレースで飾ったレーシーブラと、同じくレースを前面に採用したショーツは共にヒット商品となる。

ところが数年後ルシアンの経営陣との間にズレが出始める。経営陣側の方針は百貨店に並ぶ高級品ではなく、スーパーを始めとする量販店向け商品を大量に動かしてゆく計画であったのに対し、西田氏の理想は妥協なきモノづくりであるために、互いの目指す着地点に折り合いが付かなくなってしまったのだ。これはビジネスという資金的な観点を重んじる経営と、良質なモノづくりに時間とコストをかける技術者との間に生じる、ごく自然なぶつかり合いであり、絶対的にどちらが正しいという事は無い。結局互いの信念の相違によって袂を分かつことになる両者ではあるが、ルシアンは量販店向け商品を送り出し下着の世界でトップグループの仲間入りを果たし、西田氏は独立し自らの姿勢を崩すことなくそれぞれに成功している。これまでに見てきた企業は下着の事業に海外の技術を取り入れる事でファンデーションへの道を切り開いたのだが、ルシアンにおいては国内のリソースで他社と肩を並べたレアケースであろう。

西田氏のその後の活躍については今後詳しく触れるとして、少し余談を入れてみたい。現、弊社会長は大阪の縫製工場の縫子からキャリアをスタートさせ、ガードルを含むファンデーションの設計を学びルシアンへ入社している。あいにく西田氏の退職後の事なので直接のコンタクトは無かったようだが、今日弊社が存在出来ているのは、ルシアンのファンデーション事業の立ち上げに貢献した西田氏なくしてはあり得ない。この系譜の中にある者として尊敬の念はもちろん、日々の業務を遂行する上での誇りと勇気となっている。

ビジネスの世界でブルーオーシャンかレッドオーシャンかという言葉を耳にする。ブルーオーシャン(青い海)はライバルの少ない市場を差し、レッドオーシャン(赤い海)は競合ひしめく状態を意味する。正攻法は如何にブルーオーシャンを見つけ出すかという事になるが、ルシアンにとっては量販店向けの市場がブルーであり、西田氏にとっては誰も作らないオリジナルな商品がブルーであった。どうやら見方や切り取り方によってビジネスの海の色は違って見えるらしい、一番避けたいのは目の前に広がる海に気付かない事かもしれない。

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