下着の歴史編

2章15話. 下着の骨

株式会社コ・ラボの企業サイトブログ「下着の歴史編」にようこそ。本ブログでは日本の婦人下着の歴史について学んでいます。

これまでに振り返ってきた下着の歴史で、その種類については、おおよそ出揃いました。昭和の終わりに差し掛かる頃には、現在使用されている下着の多くは既に存在していたことになります。ここからはそれぞれのパフォーマンスを磨き上げていく段階に入ります。多くのデザインやアイデアが試され、生地や副資材もよりよい品質を求め研究開発が進みました。その中でも今回はブラジャーに使用されるワイヤーを取り上げます。それでは見ていきましょう。


ブラジャーのカップ部には骨材ともいわれるワイヤーが使用される事が多い。ワイヤーの使命はバストを支え、整った形にキープする事だが、骨材を衣類に付け(入れ)て形を操るというアイデアは1910年代のブラジャー登場よりも古く存在する。1850年代に流行の先端であったクリノリンドレスやバッスルドレスを着用するために、クジラの骨や針金で提灯(ちょうちん)を半分に切ったような骨組を作り、その上からスカートを被せ裾へ向かって大きく広がるシルエットを実現させていた。当時は下半身を体よりも大きく膨らませる利用方法であったが、下着の開発によって次第に骨材と体の距離が近付き始めた。ドレスに次いで骨材を上手く利用したのがコルセットでワイヤーによってウエスト部分を細く絞り、バスト部分を大きく膨らませて体のラインを強調した。コルセットといえばウエストを細くするアイテムと思われがちであるが、一時期のコルセットは腹部から胸を覆う程大きなものであった。この大きなコルセットは腹部に特化した形へ進化し、胸を覆う部分が独立してブラジャーへと発展する。この流れの中で骨材の存在はボディラインの補整に深く関わりを持つようになった。

ブラジャーに現在のようなワイヤーが使われ始めたのは昭和5年(1930年)頃からアメリカで、メイドン(メイデン)フォーム、エクスキュージットフォーム、ラバブルブラジャー等が製造発売をしている。その後、昭和27年(1952年)頃、アメリカ向け輸出ブラジャーを製造し始めた日本においてもワイヤーが入ったブラジャーが研究され始める。衣類全般に使用される生地とは違い、ワイヤーの多くは金属製で、身に着ける物としては異質であるが、その剛性によって下着の形が安定すれば優れた補整を確保できる。一方でサイズや形状が着用者の体にフィットしない場合には痛みや違和感を覚える場合もある。このためワイヤーの問題を解決すべく、金属加工の技術を用いてよりよい製品の開発が始まった。ワイヤーには補整する目的を達成するための「固さ」、折れたり曲がったりすることのない「強さ」、前後方向のねじれ、左右方向への開きに反発する「柔らかさ」という一見相反する要件を同時に満たす必要がある。通常これらを実現するためには、使用する線材(ワイヤーの基になる金属)を程よく太く厚くすればよい。しかし下着に使用するワイヤーには他の資材や縫製の都合上、細く薄い仕上がりが求められる。このため線材の配合、加工の時間、温度等を調整し幾度となく研究が重ねられ、スチール製、ステンレス製、樹脂製などの選択肢から用途に応じて最適なワイヤーを選ぶことが出来るようになった。

そして昭和61年(1986年)に、形状記憶合金という特殊な性質を持つワイヤーがデビューを飾る。それは、ある温度以下(例えば~10℃)で変形した場合でも、その温度以上(例えば11℃~)以上に加熱すると元の形状に回復する特性を持つ。実際の機能としては、ワイヤーの変形リスクが最も高くなる洗濯時に柔らかくなり、ワイヤーが変形した場合でも着用すると体温によって元の形に戻るという物であった。形状記憶合金は登場以来、医療、建築、自動車等に利用される期待が持たれていたが、実用例は少なく足踏みしていた。そんな中、下着のワイヤーに実用化されたという事が下着業界だけに留まらず大きなニュースになった。しかし、このワイヤーは非常に優れた機能を持ち合わせていたにも関わらず、一瞬の輝きの後、その影を潜める事になった。ネックとなったのはコストである。最も使用頻度の高いスチール製のワイヤーと比べ3倍以上の価格となっていたようで、多くの企業が取り扱いに積極的にならなかった。当時の下着市場で最も多い販売枚数を誇っていた量販店向けブラジャーは一度に数十万枚がオーダーされ、その卸価格は100円代で納品されていた。価格の交渉は1円単位の攻防で、その商品に形状記憶合金ワイヤーを使用すれば、それまでの卸価格のバランスが保てなくなるため、価格面で現実離れした資材となった。一方卸価格に比較的余裕のある高級下着は、一度に数十万枚のオーダーとなる事は無く、こちらはワイヤーの製造元の求める数量に達しない事が多く、市場に広く普及するための障害がとても大きかったのだ。ユーザーの方からすれば、価格が上がろうとも欲しいという声はあったかもしれない。

今回はブラジャーを例に取り上げたが、基本的に下着は多くの資材を複雑に組み合わせて作り上げる。下着に使用される資材のどれもがこうした歴史を持っているに違いない。ベストな組み合わせを更に研究しつつ、下着一つ一つに使用される資材が辿ってきた軌跡が伝わるような企画・設計・開発に臨んでいきたい。

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