株式会社コ・ラボの企業サイトブログ「下着の歴史編」にようこそ。本ブログでは日本の婦人下着の歴史について学んでいます。
これまでとそれ以降を大きく分ける技術革新(イノベーション)。下着業界で起きた最も大きな技術革新は生地の伸び縮みを実現したポリウレタン繊維の誕生でしょう。このポリウレタン繊維は技術革新の名に相応しく、下着業界を大きく変えました。このポリウレタン繊維の誕生の他にも様々な技術やアイデアが登場していますが、今回はそのポリウレタン繊維誕生の影響規模に匹敵すると言っても過言ではない技術を取り上げて、下着業界の経過を見ていきましょう。
新しい時代を掴もうとする若い声によって世界は大きく変わった。ファッションの分野もその一つである。前話で取り上げたようにファッションの変遷は薄くタイトな形へ舵を切り、体のラインが分かりやすいボディコンシャス(ボディコン)へと向かってゆく。しかしながらこうしたアイテムを着用する事によって下着は透けてしまうために、下着を目立たせない色としてベージュが採用された。その後下着のカラーの常識は覆り、登場から5年後には全体の95%をベージュが占めている事から女性達の心を掴む色使いであった事が伺える。
そして下着を目立たせないという観点から新しく開発されたのがモールドカップ(またはシームレスカップ)で、ベージュカラーが市場に投入された時期と同じ昭和47年(1972年)に人気を博すことになる。モールドカップは、凹型凸型の鋳型(いがた)にカップとなる布を挟み、上下からプレスして立体加工を施す。型押し、型付けまたは成型などとも呼ばれるモールド加工はブラジャーのカップのために開発された技術ではなく、プラスチックの成型加工等に用いられていた技術を転用したものである。一見すると下着との関連性は無いように感じるかもしれないが、野球やソフトボールで使用されるキャッチャーの防具(レガース)にも同じ技術が使用されている。カップのモールド加工に選択される資材は、不織布またはウレタンシートで、一枚の布の状態から立体的なカップ形状に加工できるため縫う必要がない。また資材の厚みを有効に活用して、ある箇所を薄めに、それとは別の箇所を厚めに仕上げることが出来、胸のリフトアップ機能を付与する事ができる。
このようにモールド加工による利便性が格段に増していくのだが、最大の特徴と市場に受け入れられた要因はその丸みにある。モールドカップ登場以前は、カップ部分を型紙で設計し多くの場合2ピースないしは3ピースのパーツに分けて出来るだけ胸の丸みを表現しようとしていたのだが、これではカップ全体の丸みを実現する事が難しい。型紙設計はあくまでも縦と横の平面上の作業であり、その型紙自体に奥行きという他の次元要素を盛り込む事が出来ないのだ。これは逆方向に考えても同じで3次元上に存在する球状の立体をいくら細かいパーツに切り分けても2次元の平面上に落とし込む事は出来ない。つまりどれだけ創意工夫を重ねても2次元と3次元が互いに次元を超えて到達する事が物理的に不可能なのである。当時の型紙と縫製技術で作られたブラのカップは球状というよりは円錐状に近くトップの位置で角が出て下着を付けている事が服の上からでも容易に想像できてしまうのに対し、モールドカップの丸みはブラジャーを身に着けている事が分からない程自然なラインが若者に限らず幅広い世代に受け入れられた。型紙設計技術の良し悪しで着用の差を生み出していた業界に、型紙設計で実現できる範囲を超えて丸みを実現させるモールドカップの登場は、まぎれもなく下着業界に起きた技術革新の一つである。
このモールドカップが提供したのは丸みだけではない。もう一工夫加えて消費者の心を掴もうとしたちょっと変わったエピソードを紹介しよう。時代の流れは自然回帰である事はこれまでに何度も振り返ってきた。下着は必要でないとする運動も起きたほどであるから、下着を目立たせないようなアイデア、下着を付けていないような演出を盛り込めば、下着の需要を維持できると考えた業界は、モールドカップの鋳型に工夫を施し、カップの表側に乳頭の突起を表現したものを発売し市場を賑わせている。これまで通りブラジャーは着用するが、モールドカップの自然な丸みと乳頭を模した形状の下着の上から服を着ればノーブラに見えるという訳である。日本ではあまり流行しなかったようだが、欧米ではモールドカップの登場に華を添えた。ちなみに近年ではアメリカ、オハイオ州に本社を置くヴィクトリアズ・シークレットがこの乳頭を表現したモールドカップの復刻を試みるも市場に受け入れられず失敗に終わっている。当時を振り返れば一風変わったアイデアではあるものの、下着業界は混乱とも言えるような変化が連続するファッションの中にあって、人々の心理的変化の行方を探りかねていたのかもしれない。この頃の下着は市場の拡大と技術開発も相まって発展途上にある。未だにこれが正解という明確な答えの無い中、暗中模索、試行錯誤を繰り返し、行き過ぎたり少し足りなかったりを経て手探りで成長していく様が見て取れる。
ハーバードビジネススクールの教授である、クレイトンMクリステンセン氏の著作「イノベーションのジレンマ」によると、技術革新の中には、それまでとは異なる技術によって、既存の技術が打ち砕かれるような破壊的技術革新が存在する。ポリウレタン繊維の登場では、伸び縮みの実現だけで無く、化学繊維と天然繊維のバランスがひっくり返り、織った布ではなく編んだ布が主流になった。モールドカップの登場では型紙設計と縫製工場の役割に変化が起きたと言える。これらも恐らくは破壊的技術革新に分類されるだろう。下着の技術革新は幸いにも部分的要素の変化に留まり企画・設計・開発に携わる弊社は、今日も業務を続ける事が出来ている。もし、今後まったく予想のしていない技術の登場によって下着に革新が起きれば、我々の仕事は完全に奪われてしまうかもしれない。あるいは、その技術を生み出し、既存の技術を破壊するのは私達かもしれない。
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